中小企業と価格交渉

中小企業診断士

※本記事の内容は投稿日時点に公表されている情報等に基づきます。

国を挙げての賃上げの動きや、物価上昇等に伴い、価格交渉を取り巻く環境が変化しています。
今回は、中小企業庁の「中小企業政策審議会経営支援分科会取引問題小委員会」の資料に基づいて価格交渉の政策、商慣習上の課題などを見ていきます。

最近、下請事業者を「中小受託事業者」、親事業者を「委託事業者」へ改称するという報道がありました。しかし、名前を変えれば良いというのではないのと、現場実態では「協力会社」「取引先」「パートナー」等という呼称が一般的なので、本ブログでは法令や商慣習上の呼称で取り扱います。

中小企業庁が所管する法律の中で「下請代金支払遅延等防止法(通称:下請法)」と「下請中小企業振興法」というものがあります。

これらの法律で親事業者(主に大企業を想定)と下請事業者(主に中小企業を想定)の取引についてルールを定めていることが、取引慣習についての課題や政策を扱う背景と言えます。

親事業者(≒発注者)と下請事業者(≒売主)との発注や取引、代金の支払いに関して取り決めをしたものです。
代金は受領後60日以内に支払う、発注時に注文書面を下請事業者に交付するなど、実務面の細かいルールが条文に定められています。

下請事業者が中小企業であるからといって、すべての取引が下請法の対象とはなりません。
法律が適用される取引が資本金、委託業務の内容で限定されます。なので、小売店や卸売業のような売買取引や、BtoBビジネスの物品販売等は多くが該当しません。

中小企業庁HP「下請代金支払遅延等防止法」より引用

下請中小事業者の成長発展を親事業者も協力して支援するという趣旨の法律です。この法律で特に注目されるべきは「振興基準」と呼ばれるものです。お互いがどのような視点で連携し、下請中小事業者を成長発展させるべきかを明示しています。

進行基準の主な内容(中小企業庁HP「下請中小企業振興法」より引用)

中小企業の所管する法律を前段に触れましたが、足もとで価格交渉にどんな課題があるのかを見ていきましょう。

下のグラフは、中小企業庁のいわゆる「下請Gメン」による調査データです。価格交渉が上手くいかない理由を聞いた結果です。

受注者(下請事業者)は「発注者(親事業者)の予算内での対応が難しい」「発注者の取引先も価格転嫁に応じてくれない」という回答が多いです。一方、親事業者は「仕入先(受注者)側から協議を求められていなかった」という回答が多いです。

つまり、下請事業者側は価格交渉を求めているのに、親事業者側は交渉を求められていないという状態になっています。

中小企業庁「取引問題小委員会(第21回) 下請Gメンによるヒアリング等調査結果の御報告」p.17より

一方で、こちらは2024年10月~11月に行われた「自主行動計画FU調査・取引条件改善状況調査」の結果です。価格交渉に応じてもらえており、納得もしているという回答が多く、直近では価格交渉は概ね行われているという状況が見て取れます。


中小企業庁「取引問題小委員会(第21回) 下請Gメンによるヒアリング等調査結果の御報告」p.36より

そして、価格転嫁(=コスト上昇分を取引価格に上乗せする)という切り口でみると、概ね価格転嫁はされているものの、100%価格転嫁となっていると回答したのは全体の20%前後です。

そして、発注者側と受注者側で価格転嫁の度合いについて回答割合(転嫁した度合の解釈)が違うというのは、注目したい点です。

中小企業庁「取引問題小委員会(第21回) 下請Gメンによるヒアリング等調査結果の御報告」p.38より

以上のことから、価格交渉は行われているものの、発注者(≒親事業者)と受注者(≒下請中小事業者)との間で認識の相違があるという事が言えます。

中小企業庁では、2016年度から取引適正化に向けて各種取り組みを行ってきました。
その取り組みが奏功した結果とも言えますし、いわゆる官製賃上げ、物価高等で、これらの取組にドライブがかかったとも考えられます。

取引適正化については重点5課題として以下のテーマが挙げられています。手形サイトの短縮化、2026年度の約束手形廃止も、これらの政策の一環です。

  1. 価格決定方法の適正化
  2. 支払条件の改善
  3. 型取引の適正化
  4. 知的財産・ノウハウの保護
  5. 働き方改革に伴うしわ寄せ防止
中小企業庁「取引問題小委員会(第21回) 価格転嫁・取引適正化に向けたこれまでの対応と今後の取組について」p.2より

中小企業庁としては様々な対策を取って、取引慣習にメスを入れてきました。しかし、全ての価格交渉が適正が望ましい姿になっている訳ではありません。

中小企業庁「取引問題小委員会(第21回) 下請Gメンによるヒアリング等調査結果の御報告」p.40より

例えば価格転嫁についても、様々な理由で交渉が成立しなかったという結果もあります。相見積もりで同業他社に負けるから値上げできない、サプライチェーン上の課題(発注者側が価格転嫁できない)、標準価格があり動かすと業界全体のムーブメントになり合意形成が難しい…などなど。

また、価格交渉については以下のような理由で、親事業者側が相対的に有利というのが一般的です。

  • 親事業者に売上を依存しているため、契約を打ち切られたときの経営リスクが大きい
  • 親事業者側が同業他社と相見積もりを取る等、価格競争力を持たせる仕組みを持っている
  • コンスタントに発注量があるという理由で、ボリュームディスカウントが商慣習になっている
  • 親事業者側に、与信管理を厳格に行いつつ、経営影響も踏まえた価格交渉を緻密にできる人員とノウハウがある

しかし、親事業者もまた特定の下請中小事業者に依存せざるを得ない構造となっているのも事実です。例えば、以下のような理由で、下請中小事業者が交渉力を持っている可能性は十分あります。

  • 人手不足により競合相手がいなくなった
  • 技術上の観点(自社が取引を打ち切ったら、調達先が他にないため親事業者が製造できない 等)
  • 受注可能な規模・範囲が自社しかない(同業者の応援、呼び込みができる 等)

今後は、生産年齢人口の減少によりビジネス上の人手不足は確実です。ですから、賃上げとホスピタリティの向上を行い労働力を確保していくことが求められます。

ですから、中小事業者の取引価格が抑えられると、中小事業者の経営資源(資金面に限らず、人的リソース等)が乏しくなり、親事業者側に納品する品質が低下するリスクがあります。

仮に品質が低下しても、事業承継や人手不足が叫ばれている昨今、それを代替できる企業がすぐ現れるとは限りません。ですから、親事業者の業務品質を担保するためにも、下請中小事業者との価格交渉に応じていく必要があると考えられます。

中小企業診断士の立場として価格交渉を支援するならという話を、最後に書きます。

私は製造業の外注管理部門で、取引企業の与信管理や価格交渉を行ってきたので、契約交渉をどう行えば上手くいく/失敗するというのも、経験則で分かってきました。
なので、少なくとも私に関しては価格交渉に関する支援は可能です。ご提案することもあります。
(※宣伝になってしまいますが…)

価格交渉や取引慣行の改善は、国の政策により取り組もうという風潮は出来てきたものの、結局は民間での相対取引の話です。

ですから、取引の場でどんなことが課題となって価格交渉が上手くいかないのかを紐解いて、そこに落としどころを見出すということになるのです。
単に「下請法違反ですから」と切り捨てるのではなく、現場・現物・現実を抑えた上で、どんなシナリオで、どう行動を起こすべきかを見極めなければなりません。

これを、中小企業庁がこう言っている、下請振興法がこう言っている、だからやらなければならない、としか言えない中小企業診断士は、助言だけで診断が抜けています。
病院で医者に診察してもらって、病名を言われず「家でゆっくり寝て休んでください」と言われるようなものです。

国の施策であろうとなんであろうと、経営を支援する立場に求められるのは「現場をどこまで理解して伴走できるか」ではないでしょうか。

ある中小企業診断士の方が「同業者から『お前はやりすぎだ』と言われるくらい、企業に入り込んで支援している。営業支援なら、自分の名刺をダミーで作ってもらい、商談に同席する」と言っていました。

そこまで入り込んでやる方も居るのです。

中小企業は常に人手不足です。
経営を善くするにも、経営資源が足りていません。
ですから、中小企業診断士が助言したところで、行動まで至る企業はそう多くありません。
行動に至っても、続けていける企業はさらに少ないでしょう。

ですから、中小企業診断士も少し手を貸すくらいの覚悟で、支援に「入り込む」というのが、いま求められていると考えます。

では、また次回!

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